人生崖っぷち

崖っぷちでもがいてます

ブレインダンプを読了して思ったこと

ブレインダンプ読了いたしました。はい。

疑問に思っていた

実社会で結果を出す人はみずからの仕事の結果を左右するものしか学ぶ対象として選ばない

 の一文であるが、私が引っかかっていたのは「左右するものしか」と学ぶ対象を限定していることであった。

その後も、テレビを見ない、新聞を見ない、人にはできるだけ会わない、などと情報遮断を推薦する章がいくつも出てきた。

例えば、テレビは

あまりにも面白いので、その印象が潜在意識の中に残ってしまい、あなたのアイデアの出口がその印象に左右される

だからテレビを見ない。

新聞は、

新聞を読む為に費やした膨大な時間、その時間に仕事のアイデアを出したり、プロジェクトを進めたりしていたらどれだけの利益になっていたか愕然とするであろう・・・と。

まぁこんな感じでテレビ・新聞の弊害が書かれている。

 

う~む・・・。(´・ω・`)

 

元々新聞は読んでいないから取り立てて気にする内容でもないのだけれど、例えばお客さんと会話をしている最中に、色々な話題が上るわけだがそんな時にテレビも新聞もシャットアウトしていると会話が成り立たないかもしれない。

筆者は学習塾の経営者なので日々色々な大人と接することは無いかもしれないが(あくまでも想像ですが)、ビジネスの糧にはならないかもしれないけれどもコミニュケーションという範疇で会話を行うことは多々あるわけで。またその会話を通じて新たなビジネスチャンスや何かしらのアイデアが湧き出てくることも当然あると思うのです。そしてその会話を成り立たせるためには色んな情報をキャッチするアンテナとその手段が必要かと。

異業種交流会やビジネスセミナーには積極的に参加すると良いと書かれていることから、自分の殻に閉じこもって自分の頭の中だけでアイデアを捻り出すのを推奨しているわけではないのはわかります。

 

まぁ昨今のテレビ番組は確かにあえて時間を取って見るものも少ないかもしれませんが、例えば私は将来自給自足生活をしてみたいなぁとか、アウトドアが好きなので鉄腕ダッシュなどはもうかぶりついて見ているわけでして(笑)ダッシュ島なんてもう毎週楽しみにしているわけですよ。

 

それは欲望で書きだした自分のなりたい将来、夢などにもつながり鉄腕ダッシュを見て魚の名前や草花の名前や料理の仕方やそういったものを吸収しとるわけです。もちろんそれだけのテレビで見聞きした情報だけじゃどうにもならないわけですが、キャンプに行ったり料理をしたり散策中に木々を見たりそういったシチュエーションで少なからず役には立っているわけです。

しかし・・あぁなるほど。書いていて整理できた。要するにこれはあれか。ビジネスに役立たない、なんのお金も産み出さない情報だから不要だってことなのかな。

だけどどうだろう。アイデアはどこにも転がっているわけで、実際私はこの本を読んでアイデアを記録するという行為の重要性を認識できたので、何か思いついたら忘れる前に必ず記録しそれを自分の夢や欲望ややることに当てはめて加工しTODOリストに入れていくという作業を楽しみ始めてる。

よく行くキャンプ場から毎月送られてくるキャンプ場レターに、スタッフ募集なんて書いてあるのを見てアウトドア好きで仕事が見つからない人にこんな素敵な募集を知らせる方法はないかなどと考えてみたり、そういった思考回路に変わりつつあるのです。

そういった意味で、この本の終わりの方に書かれている「脳」に対する考え方は有用でした。

まいった、英語

Firefoxをアップデートしたらそこら中の表記が英語になってしもた。

例えば、この記事の入力画面「見たままモード」だっけ?

 

WYSIWYG」なんて表記されてる。なんのこっちゃ・・。

VだかWだか分かりゃしない。

よくある認証時の読みにくいワードみたいな感じです。

 

新しい記事もNewEntryなんて変わってる。

 

おっと・・ただいま日本語に変わられそうなオプションを発見しました(/・ω・)/

optionのcontentのlangagesに、chooseボタンがあってそこからjapaneseを

選べる。

 

そして選んだ結果・・・何も変わらない(´・ω・`)

再起動したら変わるのだろうか。

記事が消えちゃうので公開 Publish してから試してみよう

 

 

追記:見ごと日本語に変わっておりました。ふむ。

ティッシュを買う@errands

Toodledoに、Contextという項目がある。

文脈・前後関係という意味らしいがToodledoでは「どこで」「誰が」と言った情報

として使うらしい。

@work、@home、@errandsの3つが標準装備されている。

 

私は、これを「どこで」というタスクの実行場所としてだけ捉えていたので、

会社でやること、家でやること、会社・家以外でやること

と言う感じで分けていた。

 

例えば顕著な例は買い物だ。

買い物は会社でも家でもない、どこかの店でやることだから

@errands

のタグを付けていた。

 

今日一日のタスクを整理していてふと思った。

 

errandsって、どんな意味だろうと(笑)

どうも今までの人生で一度も使ったことのない単語だし、

で調べてみると

 

errandの複数形で、

 

1.使い、走り使い、使い走り

用例 send a person on an errand  人を使いにやる

2.(使いの)用向き、用事

用例 I have an errand(to do)in town. 町に用事があります

 

と、まぁ要するに「パシリ」と言う意味みたいだ。

 

私の膨大なタスクは、家でやること、会社でやること、パシリ

となんとも40過ぎの男が日々の1/3をパシリとしてのタスクに占められている

という情けない状況になってしまっていた。

 

ティッシュ買う @使い走り

ネギと豚肉買う @使い走り

タバコのフィルター買う@使い走り

 

こんな感じです。

 

ノーーーーーーーーーーーーー!!(´・ω・`)

 

 

2.の用向き、用事という意味で考えるならもともとタスクとして抽出してるの

だから当たり前のことである。

 

あぁなるほど。これまでパシリとして生きてきた卑屈で歪んだ心の感情がそう

させてしまったのか、これは逆転の発想でいいのか。

「パシリ」に任せろってことなのか!

だがいったい誰が私の為に豚肉とネギを買ってきてくれるというのだ。

 

現在やらなければいけないことを書き出していて露見したある事実

思いつくままに書き出していくと恐ろしいことに気がついた。

思いつくのが私生活のことばかりなのだ。

いかに仕事のことを真面目に考えていないかが思わぬところで露見した。

このあと、仕事のアイデアを出す行程に進むのだがアイデアと今やるべきこととは違うのだ。

 

どんな些細なことでもいいからとにかく脳の中身を絞り出すのが目的なのだ。

 

洗い物、洗濯、ゴミ出しと本当に些細な今すぐやれることから、

ずっと滞っていて気になっていること、例えばキャンプ道具のメンテナンスとか、

本棚の整理とか、車のオイル交換とか・・。

ほら、やっぱりすぐこうして思い浮かぶのは私生活のことばかりだ。

いや、これは問題だ。

 

頭を振り絞り、切り替え、仕事のことを一生懸命考える。

 

・・・思いつかない・・・

 

病欠中と言うこともあって・・なんて言い訳を考えてみたり。

 

やらなければいけないことが思いつかないってことは、全て完了していると

いうことでは決してなく(私の場合)、自分の今の仕事上の状態がどうなって

いるのか、何をすべきなのかが全く把握できていないということなのだ。

 

トルネの録画データを外付けに書き出す、

 

やっぱり私生活。しかも特段やらなければいけないことでもない。

 

頭を捻り倒す、これまでにないくらいに真剣に考える。

このステップは結構重要かもしれない。

欲望を書き出す、簡単メモアプリ使用

ブレインダンプ、まずは自分の欲望を赤裸々に告白!

まぁ誰に見せるものでもないから正直に包み隠さず何でも書き出す。
ほとんど成長してない自分に気がつこうが正直に書き出す。
全くの自分本位で当たり前。自分の欲望なんだから。

模造紙に書き出すとあるが、手で書く行為に何か意味があるとも思えず、
また最終的にエバーノートでまとめて行きたいのでタブレットを使った。

使って見たアプリは、SimpleNotepad。
ノートとチエックリストを手軽にスイスイと作成できる。
動作も軽い。
アドオンでDropboxにアップロードできるようになるが、
タブレットDropboxやエバーノートが入っていれば、ノート画面から
共有先を選ぶところで選択肢に出てくる。

タブレットは初期のネクサス7を使っているが音声入力の認識度が非常に高く、
文字を入力していくより圧倒的に楽だ。
もちろん周囲に誰も居ないところでやらないと内容が内容なだけに
非常に恥ずかしいので要注意(笑)

最近、公衆の面前で音声入力を使って居る人をたまに見かける。
仕事の内容やら予定やら人目を憚らず音声入力でメモってる。
あれ、どうなの?本人、感覚おかしいんじゃないの?と思うんだけど。


前回の疑問はまだ解決できてないけど、実践の章まで来てしまったので、
とりあえず始めてみようと思う。
その中で解決の糸口が出てくるかもしれないから。


まず躓いた箇所

実社会で結果を出す人はみずからの仕事の結果を左右するものしか 学ぶ対象として選ばない

う〜ん。どうもこの一文が引っかかる。

ここがスーッと入ってこないことが、また引っかかる(笑)

これは前記事のブレインダンプと言う本の中の一文だ。

学びのために学ぶ人。結果を出すために学ぶ人

と言う小見出しの中に出てくる。

細かく切り取ってしまうと本来の意味を見失いそうだが、

学校の成績が良かった人が実社会で結果を出せないのは

何でも学んでしまうから、とある。

  • 何でも学ぶ。
  • 自分の仕事の結果を左右するものだけ学ぶ
この対比のどこに着眼すればいいんだろう。小見出しから考えるに、何でもと仕事の結果を左右するものだけ、に着眼するのじゃなくて、その目的なんだろうと思うんだけど、

  • 学びのため
  • 結果を出すため
それは学びの対象ではなく、学びの目的が重要と言いたいのでは?
そして何より知りたいのは、その学びの目的を結果を出すためにするための思考回路や手法なんどけど。

もう少し読み進めてみる。

一つ気付いた。

頭の中でモヤモヤしていることは、こうして書き出して行くと整理されつつあるってこと。